Rのたわごと

日々わたくしRが感じたことを備忘録的につづるブログです

いろいろ

結石ができた😭

痛かった。痛すぎて、うずくまってたら周りがざわついていた。

痛くて病院の先生の丁寧さにイライラして、

(だって痛いから早くしてほしい)

しかし痛いのに眠れた自分の睡眠欲にびっくりして、

この石はわたしの中のいらない意地とかこだわりとか

凝り固まった考えかたとかゆずれないものとか

そういうものが固まって固まってできているのではないかと思いながら、痛みと戦っていた矢先、

痛みに耐えながら乗った新幹線で

6万くらい入った財布をなくして、

次の日お金を抜かれた状態で、

最寄駅の入ってないトイレから出てきて、

あれだけ気に入ってた財布が

呪われた財布に見えてきて、

犯人でてこいー😤被害届け警察に出してやるー😤😤

と思った矢先、携帯もなくして、

今の携帯は電話すればどこにあるか場所を教えてくれると知り、何度かかけたらいつも場所が違う😓

お金を取られて被害届けを出しに行ったら

警察の人があれこれ言ってくるのです。

本当に被害届出すんですかとか。

出したら相手の人罰するってことですけど

いいんですか?とか。

その覚悟はありますけど、と言ってみたものの、

ちょっと心が痛んだりもして。

そんなにいうのなら6万で見つけてもらったと思います、とか言ってみたら、

警察の人があたふたしていて、おたくたちは

どうしてほしいのさ、と思って

家に帰って家族と相談しますとか言ってみたりしたけど、結局すぐ結論出せと言われて。

どうなんでしょう、この人たちと思いつつ、

いろいろ考えたのですわ。

 

まあ、なくした経緯はいろいろあるとして、

果たしてとった6万でしあわせな買い物はできるのだろうか、とか、もしそれでしあわせと感じるならそれはそれでなかなか悲しい人生なのではないかと。

そしてわたしは6万というお金にどれだけ執着しているのだろうかと思ったのです。

見つけてくれた6万ととるか、盗まれた6万と見るか、どちらにせよ相手はなかなか心が廃れた人生になってしまうのではないだろうか、とか、罰してもらうことよりも、心の豊かさのない生活だったり、何かに後ろめたさを感じる生活で果たしていいのだろうかと思って、その方が罰になるような気がして、被害届は取り下げましたわ。

 

新しい財布を買おうとおもったけど

そんなお金急に出せないと思ったり、

あ、急な大金の対応はできないっていう

わたしの中の前提というか、当たり前があるんだなあと思ったり。

でも、買ってしまってもいいのよね。

でも買えない自分もいて、知らないうちに上限を決めている自分もいる。

 

わたし自身を縛るのはわたしなのだと

改めて感じた今日この頃なのです。